淡水のアクアリウムで、水槽内で水草を栽培されている方は、水草の光合成のために強度の強い水槽ライトを使用されているかと思います。
水草や植物が元気に育つためには、太陽光と同じ光が必要になりますが、水槽を屋外に置くわけにもいかないので水槽用ライトで代用することになります。
より強い光を水草に照射して、光合成を促進したいところですが、水槽用ライトが発する光の強度のうち、どのくらいの強度が水草に照射されているか御存じですか?
「多分、LEDライトの直近に比べ水槽内では少し強度が落ちているんだろうなぁ」という予想はあるかと思いますが、実際にどのくらいの強度が失われているのかを試算してみましたので、その理論的な考え方とともに紹介します。
光は水の中で強度が減衰する
光って、とても身近な存在ですよね。
今回は水槽用ライトの話をしますが、蛍光灯や懐中電灯の明かり、太陽の光、月が光って見えること、テレビやスマホの画面等、全てに光が関わっています。
そんな光ですが、物質の中を通過するときに、その強度が徐々に減っていくことを御存じですか?
例えば、アクアリウムに関連するテーマで言うと「海」です。
深海と呼ばれる水深の深い場所、その海底は太陽の光も届かいないような暗闇の世界になります。これは、海水が太陽光を吸収してしまい、海底には太陽光が届けられないためです。
また、極端な例を挙げると、例えば懐中電灯を木の板に照射しても板の反対側には透過しません。これは一部の光は木の板で反射され、残りの光を木が吸収してしまっているためです。
このように、光は発生した場所で最も強度が強く、物質中を進むときに強度が下がるという特徴があります。
これは、アクアリウム用の水槽ライトにも同じことが言えて、水中の水草に届く水槽用ライトの光は、実は一部が飼育水によって失われていることになります。
その原理と例をこの記事では紹介していきたいと思います。
光が減衰する物理の法則について
ここからは少しだけ物理学のお話を交えて、水槽用LEDライトの光を考えて見たいと思います。決して難しい理論などは話すつもりは無いので、お付き合いください。
LEDライトの光の強度を I0 としたとき、水深 x (cm)での光の強度 I(x) は「ランベルト・ベールの法則」という物理法則に従い、次の式で表されます.
I(x) = I0 × exp(-αx)
ここで,定数α (cm-1)を「吸収係数」と呼んでいます。
光の強度が指数関数 (exp: exponential) に従い、その中の吸収係数の前にマイナスが付いているので、水深が深くなるほど光の強度が減衰するということを表しています。
水深が深ければ深いほど減衰していく曲線になるので、上で説明した通り、海の水深が深いところでは、光が届かいないということに繋がります。
吸収係数αについては、光の色によって異なることが知られています。
例えば、最も吸収されやすいのが赤色系で、吸収されにくいのが青色の光になります。実際の吸収係数の値は、水の汚れ具合や含まれる物質にも依りますが、一般的な水道水であれば、赤色の光で概ね0.005cm-1、青色の光で概ね0.0001cm-1となります。吸収係数については、日本財団図書館のHPを参考にさせていただきました。
これは、赤色の光の方が波長が長いため、水に吸収されやすいという特徴があるためです。例えば、海や湖の水が青色に見えるのは、赤色の光が吸収されて青色の光が残るということが一つの理由です。もちろん、水に溶け込んでいる鉱物によって青く見えるという関係もあります。
水槽ライトの光の減衰を試算
では、実際に水槽ライトの光が水槽の中でどのくらい減衰するのかを試算してみたいと思います。
上で紹介したランベルト・ベールの法則に吸収係数の値を入れて、水中での光の減衰具合をグラフ化してみます。
今回は60cm水槽を例に出して、水深が30cmあると仮定します。
この時の水槽ライトの光の減衰曲線をグラフにしたものが次の図です。水槽の水面での光の強度を1としたときのグラフになります。
水深が30cmのところを見ていただくと、赤色の光は強度が約86%に減りますが、青色は吸収係数が小さいこともあり強度がほとんど変わりません。
つまり、赤色の光は14%が飼育水に吸収されて、残りの86%の強度しか水槽の底に届けられないのです。
また、同じ水槽ライトを使った場合、水深の浅い水槽であれば、水に光の強度が吸収される距離が短くなるので、水槽の底に届く赤色の光の強度が維持できることもわかるかと思います。
水槽用ライトの中には光の強度を強くした製品もあります。これは初期の光の強度 (Io) がとても強くなるのですが、例えばLEDライトの強度を2倍にすれば、水槽の底に届く強度も単純に2倍になるのです。これはイメージしやすいことかと思います。
しかしながら、供給した光の中の一部が水草の光合成に使われなくなることは確かな事実です。特に、光合成に必要な赤色の光が、30cmの水深で1割以上失われるというのは無視できないことでもありますね。
90cm水槽ともなれば、さらに水深は増しますので、同じように水草を育てる場合には、より強度が強いライトが必要になるわけです。
背丈の低い前景草を育てる場合の工夫
水槽内のレイアウトとして、後景草に用いられるような背丈の高い水草は、水面付近まで葉を伸ばすので、飼育水による光の減衰はあまり考えなくても良いと思います。
しかし、背の低い前景草となる水草は、水深・水の量に依って水槽ライトの光の強度が変わることは覚えておくべきかと思います。
光の強度が少し小さな水槽ライトを使用している場合、水深が深くなるとさらに光の強度が下がってしまうので、より効率よく水草を育てるためには水深が深いことは好ましくあません。
前景草は、成長が少し遅いだけではなく、水槽ライトの強度が下がるという面でも、育成に影響が出てきます。
そのため、例えばですが、前景草を育てる過程では水深を少し浅めに設定して (飼育水の量を少し少なくして)、前景草が育ったら水深を増していくという方法も有効な手段かと思います。
私は実際に前景草の水草を育てている時は、水槽の水深をフィルターに影響がない範囲で水量を減らす設定にすることもあります。
光を減衰させるその他の要因
水槽ライトの光の強度を減衰させてしまう原因は、飼育水の中での減衰だけではありません。以下で紹介する点も踏まえて考える必要があります。
水面での光の反射
一つ目は水面での反射です。
水槽を上から覗き込んだ時、水面に水槽ライトが映って見えると思います。
これは、水槽ライトの光の一部が水面で反射して私たちの目に入ってきていることを意味しています。つまり、水槽ライトの光の一部が失われていることになります。
こればかりは、光が空気中から水中に入るときに必ず起こる現象なので防ぎようが無いですね。
一般的な値としては、数%の光が水面で反射されると言われています。
また、水面に油膜が浮いてしまっている状況では、油膜による光の反射・吸収もあるので光の強度を維持するという観点で良い事ではありません。
飼育水の中の細かな浮遊物
飼育水の中の目に見えないような小さな浮遊物も光の強度には影響します。
物理の授業でも習ったことがあるかと思いますが、光は「波の性質」と「粒子の性質」を持っています。そのため、飼育水の中の浮遊物にぶつかると回折・散乱され、光の一部が浮遊物に吸収される効果もあります。
もし、水槽ライトの光を水草の栽培に効率よく使うのであれば、飼育水の透明度を上げるということも一つのポイントになります。
ブラックウォーターは水草水槽に向かない
アクアリウムの飼育水に「ブラックウォーター」というものがあります。
流木や枯葉などから溶け出したタンニンによって水が茶色く濁っているような状態です。(身近なところでは、赤ワインなどにタンニンが多く含まれていることも知られていますね。)
このブラックウォーターの状態は光の吸収だけではなく、光の透過性を下げるため、LEDライトの光を有効活用したい水草水槽には不適だと考えます。
実際、アマゾン川などはブラックウォーターになっていますが、水中では低光量で育つような水草でないと栽培が難しいと思います。
この記事の終わりに
この記事では、水槽ライトの光の強度のうち、水草に届く強度がどのくらい減衰しているのか?という観点で、実際の試算を紹介させていただきました。
光の波長によって強度の減衰量は異なりますが、最も水に吸収されやすい赤色の光については、30cmの水深で約14%の強度減衰が起こることが試算されました。
つまり、水槽ライトを使って水草に頑張って光をあてても、赤色光の一部は無駄になっているということになります。
厳密な議論には、水草の背丈やレイアウト素材の高さが必要ですが、一部の光は飼育水の吸収によって失われていることは間違いありません。また、油膜の存在や水面での反射も考えると、赤色だけではなく青色の光も一部が失われていることは間違いありません。
水草を育成する時、強度の強いライトが必要であると言われます。飼育水による光の吸収を考えても、なるべく強い光を照射してあげることが重要であるというのは、その通りだと思います。
水槽内の水草の調子が悪い時、光の強度などを考えた環境の整備も必要なのかもしれません。